カテゴリー別アーカイブ: 呼びかけ人・賛同人による記事・論文

11.3 憲法集会@円山野外音楽堂 岡野八代のスピーチ

2015年11月3日、円山野外音楽堂で開催されました、「9条をまもろう 生かそう憲法、守ろう9条 11・3憲法集会 in 京都―戦争する国にしないさせない!憲法違反の戦争法廃止!―」、京都96条の会・九条の会 京都 共催には、2800人(主催者発表)もの人が参加しました。

今年は、京都96条の会代表・岡野八代がメインのスピーチをしました。時間の関係で当日削除された部分を含め、スピーチの全体をここにご報告いたします。

こちらをクリックしてください

2015年11月3日 円山公園

9月25日 SEALD’S KANSAI @ 梅田ヨドバシ前 行動でのスピーチ

9月25日、梅田ヨドバシ前に4500人の人が集まり、19日に「採決」されたーー声明でお知らせしたように、京都96条の会は、この「採決」には重大な瑕疵があり、採決と認められないと考えています--安全保障関連法に対する抗議の声をあげました。岡野もそこで、以下のようなスピーチをしてきました。

IMG_0395みなさんこんにちは、同志社大学教員、安保関連法に反対する学者の会呼びかけ人、そして京都では、京都96条の会を主催しています、岡野八代と申します。

9月19日午前2時過ぎ、現行憲法の下で決して許されない暴挙が行われました。

9月19日わたしは東京にいながら、仕事のこともあり国会前のデモには参加せず、テレビ中継で参議院での異常な採決を見ていました。戦争法成立に関する審議手続きには見過ごせない多くの問題があり、じっさいのところ、とても採決されたとは認められません。

9月19日の異常事態は国会を舞台にしたクーデタとして、わたしたちの記憶に、そして世界の歴史に残り続けるでしょう。

ヨドバシ前19日まで、わたしを、そしてわたしの仲間を突き動かしていたのは、怒りに他なりません。憲法違反をものともしないことはいうまでもなく、民意を無視し、長きにわたり曲がりなりにも築いていた平和主義という日本のブランドを捨て去り、自分こそが国を動かすというかのような傲慢な自公の政治家を、わたしは決して許しません。

憲政会館19日の朝、早朝までに続いたデモが終わったあと、わたしは、デモに参加しなかった後ろめたさも抱えながら、国会前に向かいました。そのさい、憲法の歴史を展示した憲政会館も見物してきました。その後、太陽の下で国会を見上げながら、わたしはそこで、むしろ清々しい気持ちに襲われました。

今後のわたしたちの運動、とくに研究者と学問を志す学生のみなさん、そして市民の皆さんが、なにをするべきなのかに関係して、なぜいま、わたしはむしろ清々しい気持ちでいるのか、お話させてください。

続きを読む

安保関連法 徹底抗議・非承認声明

「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」。(憲法前文)

 「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」。(第99条)

わたしたち京都96条の会は、かねてより現行憲法、とりわけ第9条に対する侮蔑心を露わにしてきた安倍晋三首相が、2012年12月衆議院選挙において、憲法改正手続きを規定した96条の改定に言及したことを受け、京都において憲法に関する講演会「憲法サロン」を開催することを中心にして、2013年9月より活動してきました。

その後、改定手続きから先行改定することは、「裏口入学」「反逆」「クーデタ」といった強い世論の反発を招くと、2014年7月1日に「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」、これまでの内閣法制局、そして歴代政府の解釈をまったく無視した、集団的自衛権は限定的であれば行使できるという閣議決定を行いました。

また、今国会の審議に先立ち、日米ガイドラインを改定し、米国議会上下両院合同会議において法案の可決を米国に約束してきたことも、日本に住むわたしたちの民意、そして国家の最高機関である国会の意義を踏みにじるものでした。

そもそも、第189回国会審議にいたるまでの安倍内閣、政府与党の動きをみれば明らかなように、今回の安保関連法案の根源には、立憲民主主義という、日本国が成立している大前提である憲法の下での熟議を通じての立法行為という政治の根幹にある精神に大きく反する政府与党の暴走が存在していました。

国会審議のなかで、閣議決定に先立つ記者会見で安倍首相が、本法案を必要とする理由としてあげていた事例、米国艦船で日本人が逃げてくる場合の防護やホルムズ海峡の機雷除去の必要性も、まったく根拠のない事例であったことが明らかになりました。

その後、本国会会期中、審議をすればするほど、わたしたち市民は、むしろいかに本法案が危険で、杜撰で、そして一部の権力者や経済界のためのものであり、「国民を守る」という言葉が偽りのものであるかを理解し、痛感しました。国会前のデモはいうまでもなく、地方各地で、そしてここ京都でも毎週のように、そして、衆議院での採決が強行されて以降は、毎日のように、さまざまな団体・個人が、安保関連法案は戦争法案に他ならないと抗議の声を挙げてきました。

2015年9月19日に、参議院でのルールに違反する形で「可決された」安保関連法案は、以下の六つの理由から、そもそも法律として認められないとして、ここに京都96条の会の断固として戦争法案に他ならない本法案に反対します。 続きを読む

2015年9月19日 戦争アカン!京都おんなのレッドアクション スピーチ

今日2015年9月19日午前2時半、与党自民党公明党、そのほか一部が一致団結し、明白な憲法違反、あからさまに9条を蹂躙し、前文はじめとした現行憲法の精神を侮蔑した安保関連法案、すなわち戦争法案を異常な状態で「採決」しました。こうして、第189回目の今国会は、日本の立憲主義に間違いなく汚点を残すことになった国会として幕を閉じようとしています。

多くの報道では、今国会での戦争法案採決について反対している人は60%といわれていますが、賛成だけを見てみると、賛成している人は、NHK 調査19%, 朝日新聞20%、そして産経でも32%しかありません。面白いのは、NHK 調査では、賛成している人が19%, 反対している人は、45%、他方で、もっとも賛成の多い産経新聞調査では、賛成32&, 反対はなんと60%なのです。いつも反対する人の%を述べるメディアから、わたしたちがいかに誤った印象をもたされているかがよくわかる調査です。また、今日午前2時過ぎに戦争法案が通ってから、NHKはにわかに、非常に率直な戦争法案反対の解説を始めました。

国家の最高機関、言論の府である国会を荒廃させた政治家たち、そして、豊かに考えるための情報とことばを市民に与えるためのメディアを、機能不全にさせたNHK。いまわたしたちは、自分たちの力で、真の民主主義にとって必要なことば、考える力、そして政治を身に着けていかなければならないことを、しっかりと理解することができました。

戦後曲がりなりにも、なんとか維持されてきた、平和主義、平和であるからこそしっかりと守られる基本的人権の尊重、そして、権力者の暴走を許さない人民主権を、今日から、もう一度新たに、わたしたちの政治に再生させましょう。

わたしは2013年の春以降、安倍首相が首相記者会見で子どもや母親、おじいさん・おばあさんの絵を使って、虚構の事例によって集団的自衛権を正当化しようとしたときから、憲法とわたしたちの民主主義との関係について考え、そしてことばにしてきました。わたしが主催させていただいてきた、京都96条の会では、憲法の精神をいかに政治にいかすことができるのかについて、みなさんと考える憲法サロンを二月に一度、開催してきました。ですから、今日の強行採決には、悔し涙がでるほど腹立たしく思っています。そして、なぜ、こんな政治家を大量に生み出してしまったのかと、有権者の一人として、言葉にしがたい怒りも感じています。

ですが今日、かれら・彼女たち政治家は、憲法尊重・擁護義務を定めた99条にもそむき、そして前文に書き込まれた立憲主義と民主主義という、そもそもの、国家の存立理由をも裏切りました。

憲法前文にはこうあります。今日からわたしたちが何度も繰り返すことになるだろう一部を、読み上げてみます。

 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

繰り返します。これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を「排除する」!

 

戦争法案に賛成した政治家はもはや、私たちが厳粛な信託によって国政をまかせた政治家ではありません。わたしたちは、自ら選んでしまった政治家をもはや悔やまなくてよくなりました。今後、わたしは憲法を踏みにじった、日本国がよってたつ社会の構成原理を破壊した政治家を絶対に許さないでしょう。憲法前文にあるように、憲法を踏みにじった政治家は、「排除」されてしかるべきです。

 

わたしたちは、かれらともはや、憲法をはさみ、敵対する関係となりました。かれらが手にしているのは、むき出しの権力欲と金銭欲です。そして、わたしたち市民の手に残されているのは、誠実なことばであり、国際的な広がりをもった連帯感であり、平和を希求する心であり、民主主義であり、そしてなによりも、この憲法なのです。憲法を踏みにじるという行為によって、現行憲法の下に生きる市民すべてを敵に回した政治家たちと、憲法と民主主義を手に、今後もおおいに闘っていきましょう。わたしたちにお別れをしていった政治家たちとは、こちらから、さようならをいいましょう。

2015年9月19日の今日から、わたしたちの新しい民主主義の始まりです。

2015年8月29日「安保法制反対集会」スピーチ 岡野八代

こんにちは、京都96条の会代表を務めております同志社大学教員おかのやよです。きょうは、戦争アカン!京都おんなのレッドアクションとの共同行動に参加するものとしても、挨拶させていただきます。

円山会場みなさん、怒っていますよね! レッドアクションは、怒りを表す赤を身につけて行動する女性たちの会です。なぜ、おんな会なのでしょうか?おんなは、怒りを露わにすることをいろんな意味で禁じられてきました。一部の男性のように、ふざけんなよ〜〜と声に出して叫んだことは、ないのです。わたしも、口が裂けてもいえません。

今日は、京都弁護士会の初めての主催、ご苦労様です。弁護士会による主催が初めてということで、記念すべき集会です。この記念すべき集会に敬意を表して、二つのことをお話しさせてください。一つは、憲法破壊政権に対する現在のわたしたちの運動の意味、二つ目は、これからの運動についてです。

いまのわたしたちの運動は、今日こうして、弁護士の先生方が立ち上がったように、そして若い学生、ママの会、会場に集まった市民のみなさんが表しているように、すでに政治的なイデオロギーの対立を超えた運動です。今日講演された小林節先生は、わたしとは異なる、政治的見解をお持ちでした。ですが、今やその違いは、過去形です。小林先生

では、なぜこうしてわたしたちは立ち上がり、今日のように集まっているのでしょうか?憲法は、わたしたちの生活の基盤を支えています。司法、行政、立法だけでなく、わたしたちの命、人から命令されてひとを殺したりすることがないと信じられること、わたしたちの自由、つまり明日を夢見るための希望、そして、明日もまた、安心して過ごせるという信頼感、つまり平和もが、憲法の下でようやく保障されているのです。

司法、行政、立法に関しては、だからこそ、憲法99条で、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員には、憲法を尊重するだけでなく、擁護する義務が課せられています。今日の会は、政治的な活動というより、弁護士の方にとっては憲法を擁護する義務を果たしているのだといっても、良いかもしれません。

そして、わたしたち市民にとっては、現在の憲法を守る運動は、民主的な政治を可能にするための、つまり、さまざまな政治的な対立が可能になるための運動だと言って良いと思います。もっといえば、わたしたちの人間性を守るための運動です。

円山集会平和は武力を否定する、平和はひとを殺さない、平和はいのちを大切にし、そしてなにより、ことばを信じる。

いま、破壊されようとしているのは、そうした人間だけに許された能力である、ことばへの信頼、平和への誓いです。

ですから、わたしたちの運動はもはや、自民党を支持するとか、社会保障費を削ってもグローバル経済のなかで日本企業を生き残させるかどうか、といった争いではもはやありません。

つまりいま、わたしたちの人間性がかけられているのです。

では、今後のわたしたちの運動はどのようなものとなるのでしょうか?

わたしたちのいまの運動が、政治を可能にするための人間らしい生活を取り戻すための運動だとすると、今後の運動は長い運動となるでしょう。現政権が変わったとしても、まだまだ、わたしたちの平和とことばへの信頼を破壊する権力が、次々とでてくることでしょう。

そこでわたしたちは、人間らしい生活のための運動ですから、是非とも運動を楽しみましょう。わたしは、憲法のための活動を始めて、これまで出会わなかった多くのひとに出会いました。こうして、たんすの肥やしになっていた、ピンクの服も着る機会を与えられました。

今後の運動は、わたしたちの人間性を豊かにするための運動です。みなで、楽しく、憲法とはなにか、民主主義とはなにか、そして人間らしい生活とは何かをともに語り合いましょう。そして、人間らしい政治を、一緒に今後も考えていきましょう!

今後も一緒になって、豊かな人生を生きていきましょう

会場によせられた、瀬戸内寂聴さんからの、手書きのメッセージ

会場によせられた、瀬戸内寂聴さんからの、手書きのメッセージ

 

 

2015年8月5日「戦後 70 年・安保法制を許さない京都大学人の集い」スピーチ 岡野八代

みなさん、こんばんは。同志社大学の教員・岡野八代と申します。

合衆国のベトナム戦争時に思索を重ね、『市民的不服従』という著作をも執筆した哲学者、ジョン・ロールズが1971年に出版した『正義論』は、つぎのような言葉から書き出されています。

真理が思想の体系にとっての第一の徳であるように、正義は社会の諸制度がまずもって発揮すべき徳である。[…]どれだけ効率的でうまく編成されている法や制度であろうとも、もしそれらが正義に反するのであれば、改革し撤廃しなければならない。

同志社大学では、7月13日の衆議院特別委員会における村田学長の公述人としての発言を問題視する有志がまず集まりまして、25日には緊急集会、そして現在は、「安保法制に反対するネットワーク@同志社」という同志社大学にかかわるあらゆる人を含んだ運動を展開しようとしています。村田学長は、「今回の法案については反対の声が大きく、私の立場は少数派に属します。少数派の意見もしっかりと表明すべきだと考え、あえて公述人をお引き受けしました」という釈明をしており、あくまで一研究者としての個人的見解であることを強調しております。

しかしわたしは、大学という社会の諸制度の一つ、しかも批判的精神の涵養という民主主義にとって重要な役割を果たす機関に携わる者として、立憲主義を根底から覆す今回の安保関連法案には、反対の意思表明をするのが、正義に適った行動ではないかと考えています。以下、その理由を三点述べさせていただきます。

まず、今回の安保関連法案は、今年4月に改訂された「日米防衛協力のための指針」を実施するための国内法整備という性格があり、アメリカ軍など、他国の軍事行動と一体化した後方支援を世界中どこでも自衛隊が行うことを可能にするものです。しかも、9.11同時多発テロ以降の米軍の軍事行動は、テロを加速化させ、憎しみの連鎖を増幅させ、市民を巻き込む無差別攻撃やアブグレイブやグァンタナモでの拷問など、数々の国際法違反を繰り返しています。政府与党は、いたずらに極東周辺の事態へと市民の目を向けようとしていますが、「周辺事態法」を改訂し「重要影響事態」関連法へと地理的条件をはずしたことは、自衛隊を地球規模で展開させ、暴力と憎悪の連鎖のなかに日本が組み込まれることを意味しています。

第二に、自然科学であれ人文・社会科学であれ、知を探求する機関である大学での教育とは、わたしはなぜ存在しているのか、といった哲学的な問いに収斂されるような、存在にかかわる思索を行うことです。存在するものの意義、そしてその価値をみなで探求する。この営みは、あるものへの、世界に存在する多様なものへの愛着にも貫かれていなければならないでしょう。もちろん、過去にはそして現在でも、創造のための破壊、平和のための戦争といった考え方が存在します。しかしながら、多大な破壊と殺戮、多くの犠牲を出した先の戦争の反省のもとで作られた日本国憲法は、かけがえのない存在の有難さを見つめていくといった、攻撃や暴力を伴わない知のあり方、創造の仕方をも示しているのではないでしょうか。

第三に、現在の大学は、そして大学関係者の人口割合が、都道府県のなかで最も高い京都では、さまざまな国からの多くの留学生や教員が共に学び、異なる文化や生活実践、ときに相対立するような歴史認識や政治文化について、議論し、理解することに努めてきました。異文化交流・多様性の理解、そして異なる政治文化に対する深い洞察は、自らの足元の文化や歴史を、批判的に学びなおす機会でもあります。大学に勤める教員であるわたしは、そうした平和な議論空間を、昨今の野蛮だとも思える政治的介入から守ることが、自らの社会的責任の一つだとも考えています。わたしが安保関連法制に反対の声を挙げるだけで、同志社大学も反日か、といった脊髄反射のような、空虚な罵倒がなされる雰囲気も醸成されているなか、立憲主義と民主主義を破壊する安保関連法案は、人類の知恵に対する愛をも破壊するものとして、強い反対の意志をここに表明したいと思います。

最後に、もう一度ロールズに返ってみます。かれは、合衆国の知識人として、米軍の広島と長崎への原爆投下を「道徳的な悪」として批判しました。戦争、そして武力行使は、必ず一部の者の犠牲のうえに行使されます。

冒頭で引用した有名な一節は、つぎのように続きます。

「すべての人びとは正義に基づいた〈不可侵なるもの〉を所持している[…]。一部の人が自由を喪失したとしても、残りの人びとがより大きな利益を分かち合えるならばその事態を正当とすることを、正義は認めない。」

誰かに犠牲を強いる、個人の尊厳を奪う安保法制に、これからも一緒に反対していきましょう。

「安保保障関連法案に反対する学生と学者の共同行動」での発言

2015年7月31日、東京砂防会館にて、「安全保障関連法案に反対する学生と学者の共同行動」集会にて、代表の岡野八代が以下のようなスピーチを行いましたので、ご報告します。

原文pdf はこちらからどうぞ → 20150731砂防会館 

——————————–

いま、民主主義が悲鳴をあげています。日本の民主主義は、怒号にまみれています。しかしいま、こうしてみなさんとご一緒していることが示しているように、日本中で、新しい、次世代の、未来を予感させる民主主義の産声も、わたしたちは聞いています。

SEALD’s はじめ、多くの学生、若いお母さんと子どもたち、労働者、これまでずっと9条を守砂防会館れと唱えていた人たち、原発再稼動をとめようとしている人びと、沖縄で座り込みをしているひと、平和な生活をずっと求めてきたひと、そして戦争を体験したひと、宗教者や研究者たち。これまでの無関心や諦めなどを吹き飛ばすように、本当にいろいろな立場のひとが、いま、戦後の民主主義の根幹を守るために、立ち上がり、声を挙げ、安保関連法案を絶対に止める、わたしたちの手で止めると、全国各地で毎日のように行動しています。

わたしの専門とする政治思想史を少し振り返れば、民主主義democracyとは、政治politicsという言葉が生まれたと同時に生まれた、政治学の用語のなかでも、もっとも古い概念の一つです。そして、政治学上、これ以上に毀誉褒貶にまみれた概念はないといえます。それどころか、18世紀のフランス革命以後でさえ、多くの哲学者や政治学者は、民主主義に対して、不信感と侮蔑感、そして恐怖心さえ抱いてきました。

その理由は二つほどあると思います。ひとつは、民主主義の主人公である、民衆への恐怖心と軽蔑。二つ目は、民主主義は最悪の政治へと堕落する一歩手前であるという、伝統的な考え方です。だからこそ、民主主義が堕落しないために、批判精神をもった市民を育むための教育や、表現の自由や結社の自由、そして、市民の不満や社会の不正義をしっかりと伝える報道の自由が、民主主義に不可欠な機能として確立してきました。

続きを読む

SEALD’s 国会前デモでのスピーチ 2015年7月10日

京都96条の会代表岡野が、「安保関連法案に反対する学者の会」呼びかけ人として参加した、SEALD’s の国会前デモにおけるスピーチの内容です。(当日は準備した下記の原稿を読んで話していませんので、若干内容が異なります)

CJjcNAAUYAAMKzU

みなさん今晩は。京都から参りました、岡野八代と申します。わたしは、安倍晋三氏が2012年の自民党総裁選から掲げ始めた、憲法第96条先行改憲案という考えに反対し、それ以降、京都で京都96条の会を主催してきました。大変小さな会ですが、二月に一度ほど、市民の方々と憲法の歴史、意義、そして立憲主義について考える会を開催しています。そのさい、どうやって多くの市民の方に関心をもってもらうか、これまで憲法について関心のない層にどのように訴えるのかが大きな悩みでした。その意味で、こうして多くの人に訴えかけ、魅力あるデモを始め、運動を広げているSEALD’s のみなさんには、心より

敬意と連帯の気持ちをお伝えしたいと思います。また、関西からも多くの方からエールを言付かってきました。わたしもみなさんの運動から、多くの力と励ましを受けているように感じています。

続きを読む

岡野八代「戦争を覚悟することが政治ですか―命無視 支離滅裂な首相―」(北海道新聞2015年6月19日付「各自核論」より)

集団的自衛権の行使容認を根幹とする安全保障関連法案の成立を目指し、強行採決も辞さない姿勢を示す安倍首相。

自らの「国民の命を守る責任」を公言する一方で、いかに個人の命のかけがえのなさを彼が軽視してきたかを当会代表の岡野八代が6月19日付の北海道新聞で批判しております。

岡野八代「戦争を覚悟することが政治ですか―命無視 支離滅裂な首相―」

ご一読頂ければ幸いです。

 

11.7 立憲デモクラシーの会 「戦争と女性」に岡野八代が参加してきました。

11月7日、早稲田大学にて開催された立憲デモクラシーの会(外部サイト)で、京都96条の会代表・岡野八代も発言してきました。

「国家は何を守るのか——グローバル化と戦争」というテーマの下で以下のような内容で開催されました。

第一部 基調講演
内田樹「資本主義末期の国民国家のかたち」

第二部 パネル・ディスカッション
「戦争と女性」
浜矩子(同志社大学・経済学)
岡野八代(同志社大学・政治学)
青井未帆(学習院大学・憲法学)

11月9日の『朝日新聞』天声人語にも、第二部パネルの内容が少し紹介されましたが、岡野の発言はこちらから読めます。戦争状態と「奴隷」との関係について、論じています。→立憲デモクラシーの会 11.7 @早稲田