第四回憲法サロンの質疑応答の様子。

 

ここに記載されている、質疑応答の内容は、「京都96条の会」事務局が要約・編集したものです。

実際の質疑応答をなるべく忠実に反映するよう最大限注意しておりますが、表現等は実際とは異なる場合がございます。予めご注意下さい。

 

Q1: 悪い王様(注:キングイマニッシ)が辞めた後に、なぜまた王様(注:キングカズアキ)を選ぶのか?なぜ大統領ではないのか?また、議会はつくらないのか?

A: 王様同士で比べたのは、世襲で王位を継いだキングイマニッシよりも、人々に選ばれたキングカズアキの方が悪いのではないのかということを強調したかった。また、議会制度に関しては、表現するのが複雑だということを鑑みて、問題点はあるにせよ、登場人物である市民による政治に関する活発な議論という形で代用させてもらった。

 

Q2: 義務教育において、立憲主義の概念を習わないどころか言葉そのものを使わないのはなぜか?(学生)

A: 重要なご指摘であるように思う。日本の権力を牛耳っている人たちは、立憲主義を理解していないし、大学で学んだことがないとも堂々と言ってしまう。立憲主義を市民に学ばせることに、日本の為政者たちは抵抗してきたのではないかと考える。

 

Q3: 披露された劇の中で、自由が「公の秩序」に制限されることを批判的に論じるくだりがあったが、秩序も重要であるように思う。自由と秩序のバランスはどのようにとればよいのか?(学生)

A: 「公の秩序」を名目として、市民の基本的な権利が侵害されることがある。その危険性を劇の中で伝えたかった。個人間の権利と権利の衝突(が引き起こした「無秩序」)としてではなく、「秩序(の維持)」の名のもとに(権力を持つ者が)個人の権利を侵害することの例として見て頂けたらと思う。尚、私たちの理解では、先述した個人間の権利の衝突の解決のために存在しているのが、現行憲法の「公共の福祉」という概念である。

 

Q4: 憲法12条(注:この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。)は、第30条(注:国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。)で定められている納税の義務のように、(権力者ではなく)国民に(憲法遵守の)義務を課しているのではないか?そして、その意味では、「占領軍に押し付けられた、日本の実情を鑑みなかった」現行憲法で保障されている「過剰な」権利を抑えるための、自民党改憲案が定める義務の重視と変わらないのではないか?また、97条(注:この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。)は、条文の「過去幾多の試練」のくだりが法律にしては「文学的」で、法的な拘束力を持ち難いのではないか?個人的には、憲法の思想や哲学を述べているように思われる。このような思想的な文言を憲法の条文の中に書き入れることは適当なのか?(京都市在住の社会人)

A: (「あすわか兵庫」のみなさん)12条の成立過程に関しての学術的な議論については、私たちにはわかりかねる。しかし、憲法の理念をその文章内に表すことは重要であると思う。その意味では、12条の意義の一つを成している。また、憲法の前文の方が、より「文学的」、若しくは修辞的・理念的ではないだろうか?

(他の参加者の方)押し付け憲法論は非常に表面的な議論で、第99条(天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。)に体現されるような憲法の本質を考慮すれば、第12条は憲法を遵守する義務を国民に課しているのではない。

 

Q 5: 若い弁護士の先生方の初々しい演技に大変感動したが、自分たちの主張を伝えるのに、なぜ演劇という手段を選んだのか?(社会人)

A: 自民党の改憲案が発表された時、私たち(「あすわか」の弁護士)は、その内容に脅威を覚え、「このような内容を持つ憲法に変わってしまったら、弁護士である意味がなくなるのではないか」と感じる程の衝撃を受けた。このような危機感に突き動かされて、「あすわか」を設立して、憲法とはそもそもどのようなものなのかを市民の方に知ってもらうために活動を開始した。法律の専門家ではない方々にも理解し易いように、紙芝居やリーフレット等、色々と手段を模索して発表している…が、紙芝居の場合、披露しても、すぐに終わってしまう。そこで、演劇という手段を思いついた。初演は、昨年11月初旬の憲法集会。自画自賛かもしれないが、演技は今よりもはるかに下手だったのにもかかわらず、結構受けたように思う。基本的にイベントの前座として上演することが多いが、カズアキのセリフ、所作等は、どこかの政治家のことを思い起こさせるようで、観客のみなさんの反応が良い。

あと、「あすわか」のメンバーは必ずしも護憲派というわけではない。考え方は結構多様である。ただ、基本的なスタンスとしては、憲法とはどのようなものかを知って頂きたいと考えている。気付かない間に憲法を変えられたらどうなるのかということを伝えたいし、考えて頂きたいという思いで活動している。

 

Q6: (集団的自衛権行使を容認する憲法解釈の変更の)閣議決定についてはあまり知らなかったのだが、その重要性がわからない。どうすれば、この閣議決定を崩せるのか?また、最近、安倍首相は、解釈変更の閣議決定を行ったことを国際社会に言いふらしている。しかし、この閣議決定をひっくり返したら、日本は国際的な信用を失わないか?(日本ピースリボンの会メンバー)

A: 閣議決定は内閣の基本方針を決定しただけのものに過ぎないので、これで国が変わるというわけではない。ただ、問題が全くないわけでもないし、いついかなる場合でも閣議決定では何も変わらないというわけでもない。例えば、今年の1月の教科書検定の基準変更によって、閣議決定に基づいた記述を含まない教科書は検定を合格できないことになった。この検定基準の変更故に、(安倍政権は)閣議決定という形にこだわったとも考えられる。当該の閣議決定を覆さなくては、(集団的自衛権行使は合憲であるという)政府の見解がそのまま教科書に載ってしまうので、非常に問題がある。

国際的には、一国の閣議決定は決定的なものとはみなされていない場合が多い。そのため、閣議決定覆しに伴う、日本に対する国際的な信用の喪失については、それ程深刻に考える必要はないように思われる。

 

Q7: 先の閣議決定に対して今後違憲訴訟が起こることが予想されるが、三権分立との関連の中で、日本の現行の司法裁判制度についてどう思われるか?(日本ピースリボンの会メンバー)。

A: 日本の裁判所は保守的な傾向があり、最高裁は特に保守的である。しかし、それでも裁判所、及び裁判官を信じて訴えかけること、働きかけることが重要であるように思う。最高裁の判事に対しては、国民審査を通じて、市民は影響を与えられる。少しずつでもいいので、変化を起こすように働きかけ続けることが大切である。

そして、実際に、裁判所が(行政府、または立法府の)権力の暴走を止めることが少ないながらもある。例えば、イラク違憲訴訟の際には、イラク特措法に対して憲法違反の判決が下された。この判決のおかげで、日本政府はイラクからの速やかな撤退を決定した。弁護士としての経験から述べさせて頂くと、裁判官は、国民の関心や彼女ら彼らがどのような判決を望んでいるかを常に敏感に感じ取りながら仕事をしていることが多い。国や政府が訴えられているような政治的な裁判においては、特にその傾向が強い。だからこそ、市民の方々が裁判を傍聴して、裁判官に圧力をかけることが非常に重要になる。

 

Q8: 安倍政権の解釈改憲の違法性について審査する機関はあるのか?集団的自衛権行使容認の解釈改憲では、まだ具体的に法律は変わっていないが、10数個の法律が提出されると言われている。そして、統一地方選の前に、これらの制定・改定が行われると予想している。その意味では、ここが正念場であるように思われる。普通の市民が、これを阻止するために、日常的にできることは何か?(島本町在住の社会人)。

A: まず、憲法裁判所が存在しない日本では、解釈改憲の違法性を審査するためには、「ある具体的な事件が起こった時に、その解決のために、この事件に関連する法律が違憲か否かを裁判所が決定する」という付随審査制に則らなければならない。例えば、特定秘密法保護法の場合には、この法律によって誰かが逮捕されてはじめてその違憲性が審査される。そのため、当該の解釈改憲の違憲性を審査することはできない。

普通の市民の方々が日常的にできることとしては、地道に声を上げる人を増やしていくことしかないのではないか。まずは、憲法について考えてもらう。そして、より多くの人で首相官邸を囲んだり、デモを行ったりすることで、解釈改憲では法律を変えられないと政府に思わせなければならない。

件の閣議決定の前後では、反対の運動が国民的な盛り上がりを見せたように思われる。国会の議論では、恐らく100時間もの時間をかけて審議し、政府当局者や議員を通して国民に対して説明がなされる。しかし、閣議決定とは、密室での談合のようなもの。世論の9割が反対すれば、これに関連する法案は成立しないのではないか。国会での議論を監視し続け、このような政府のやり方を国民は認めないということを表明し、政府にわからせる努力が必要であると考える。

 

Q9: 安倍首相個人に対しては、裁判を起こせないのか?あと、デモに参加して太鼓を叩くことがあるのだが、特定秘密保護法が施行されたら、自分は逮捕されるのではないかと心配している。どう思われるか?(奈良在住の介護士の男性)。

A: 安倍首相の行動や発言の違憲性を審査する訴訟は、現時点では、残念ながら起こせない。しかし、「あすわか」では、街頭で演説をしながら、閣議決定の問題点を指摘する声明文を配ったりしている。これからも、そのような抗議行動を続けていきたいと考えている。

特定秘密保護法については、デモを行うことで、逮捕されることはない。首相官邸で1万人のデモが起こっている状況を考えれば、拡大して運用される可能性を危惧をされているのは理解できる。